1980年の大阪で
俺たちはっきり言って、完全にバカだった。
大阪への修学旅行から三年たった今、またあの街に戻ってくるなんて。あの時は先生たちがぴったり後ろについていたから安全だったが、今度は高校を卒業した三人だけだ。俺、田中、そして「天才」と呼ばれている佐藤。つまり、誰も俺たちを止める大人はいない。駅前の狭苦いホテルにチェックインした瞬間、田中は「これから何でもできるぞ!」と叫んだ。その声の大きさときたら、廊下の住人全員が振り返るほどだ。
初日の朝、俺たちは心底興奮していた。1982年だ。カセットテープ、ウォークマン、アーケードゲーム——すべてが新しく、輝いていた。大阪城の周辺を歩いていると、佐藤は突然「あ、あそこ!」と指差した。彼がいつも言う「あそこ」には、きまって碌でもない計画がついてくる。その指の先には、派手な看板を掲げた焼き肉屋があった。値段は当時の俺たちには明らかに高すぎる。だが、佐藤の目は輝いていた。「あの臭いをかいでみろよ。あれが大人の匂いだ」と奴は真顔で言う。完全に頭がおかしい。
結局、俺たちは安普請な定食屋に入った。焼きそば定食が五百円。安い。そして、まずい。でも、その時は気にならなかった。窓から見える大阪の街——電線が無数に張り巡らされ、古い木造の家と新しいビルが隣同士に立っていて——があまりに異国的に見えたからだ。俺は生まれも育ちも東京だ。だからこそ、この街の粗雑で、濡れたような、いくぶん野蛮な空気が好きだった。はっきり言って、やみつきになっていた。
二日目は完全に計画を立てずに歩いた。心斎橋の混雑した道路を三人で肩を寄せ合いながら歩く。周りは若い女性ばかりだ。最新のファッションに身を包んだ彼女たちを見ていると、俺たちがいかに時代遅れかが分かる。田中は「あの店、いい」と何度も呟いた。だが、お金がない。俺たちは着古したTシャツを着ているだけだ。貧乏学生の悲劇。佐藤は「ま、いいか。次のアーケードゲームセンターに行こう」と言った。
ゲームセンターは、はっきり言って天国だった。暗い店内に無数のテーブルゲーム、シューティングゲーム、レーシングゲーム。音は耳鳴りがするほどうるさく、画面の光が俺たちの顔を照らす。俺たちはポケットの小銭をすべて出した。大体百円だ。それぞれが好きなゲームを選ぶ。俺は「パックマン」の前に立った。佐藤は「ドンキーコング」を選んだ。そして田中は——何を選ぶかを二分間も思案した後——結局、トイレに行った。奴は本当にアホだ。
もう一つはっきり言っておくと、あの旅で俺たちは何も「思い出」を作ろうとしていなかった。観光地を回ったり、有名な料理を食べたり、記念写真を撮ったり——そんなことはどうでもよかった。ただ、この街の空気を吸いたかった。夜の霓虹灯の下を歩きたかった。そして、三人で一緒にいることの、この感覚を味わっていたかった。それ以上、それ以下でもない。
三日目の夜、俺たちは駅前のファーストフードチェーン店に座っていた。明日、帰る。田中はハンバーガーを食べていた。佐藤は何かファッション雑誌を見ていた。俺は、ただコーラを飲んでいた。窓の外では、大阪の夜が静かに更けるようとしていた。電車の音、人々の声、自動販売機の蛍光灯——すべてが融け合って、この街特有の音風景を作っていた。「明日、帰りたくないな」と俺は言った。奴らも、黙ったまま、首を縦に振った。それだけで十分だった。