Created: 3 May 2026

1980年の大阪で

俺たちはっきり言って、完全にバカだった。

大阪への修学旅行から三年たった今、またあの街に戻ってくるなんて。あの時は先生たちがぴったり後ろについていたから安全だったが、今度は高校を卒業した三人だけだ。俺、田中、そして「天才」と呼ばれている佐藤。つまり、誰も俺たちを止める大人はいない。駅前の狭苦せまくるしいホテルにチェックインした瞬間、田中は「これから何でもできるぞ!」と叫んだ。その声の大きさときたら、廊下の住人全員が振り返るほどだ。

初日の朝、俺たちは心底興奮こうふんしていた。1982年だ。カセットテープ、ウォークマン、アーケードゲーム——すべてが新しく、輝いていた。大阪城の周辺を歩いていると、佐藤は突然「あ、あそこ!」と指差した。彼がいつも言う「あそこ」には、きまって碌でもない計画がついてくる。その指の先には、派手な看板を掲げた焼き肉屋があった。値段は当時の俺たちには明らかに高すぎる。だが、佐藤の目は輝いていた。「あの臭いをかいでみろよ。あれが大人の匂いだ」と奴は真顔で言う。完全に頭がおかしい。

結局、俺たちは安普請やすぶしんな定食屋に入った。焼きそば定食が五百円。安い。そして、まずい。でも、その時は気にならなかった。窓から見える大阪の街——電線が無数に張り巡はりめぐらされ、古い木造の家と新しいビルが隣同士に立っていて——があまりに異国的に見えたからだ。俺は生まれも育ちも東京だ。だからこそ、この街の粗雑そざつで、濡れたような、いくぶん野蛮やばんな空気が好きだった。はっきり言って、やみつきになっていた。

二日目は完全に計画を立てずに歩いた。心斎橋の混雑こんざつした道路を三人で肩を寄せ合よせあいながら歩く。周りは若い女性ばかりだ。最新のファッションに身を包んだ彼女たちを見ていると、俺たちがいかに時代遅じだいおくれかが分かる。田中は「あの店、いい」と何度も呟いた。だが、お金がない。俺たちは着古したTシャツティーシャツを着ているだけだ。貧乏学生の悲劇。佐藤は「ま、いいか。次のアーケードゲームセンターに行こう」と言った。

ゲームセンターは、はっきり言って天国だった。暗い店内に無数のテーブルゲーム、シューティングゲーム、レーシングゲーム。音は耳鳴みみなりがするほどうるさく、画面の光が俺たちの顔を照らす。俺たちはポケットの小銭をすべて出した。大体百円だ。それぞれが好きなゲームを選ぶ。俺は「パックマン」の前に立った。佐藤は「ドンキーコング」を選んだ。そして田中は——何を選ぶかを二分間も思案しあんした後——結局、トイレに行った。奴は本当にアホだ。

もう一つはっきり言っておくと、あの旅で俺たちは何も「思い出」を作ろうとしていなかった。観光地を回ったり、有名な料理を食べたり、記念写真を撮ったり——そんなことはどうでもよかった。ただ、この街の空気を吸いたかった。夜の霓虹灯ねおんとうの下を歩きたかった。そして、三人で一緒にいることの、この感覚かんかくあじわっていたかった。それ以上、それ以下でもない。

三日目の夜、俺たちは駅前のファーストフードチェーン店に座っていた。明日、帰る。田中はハンバーガーを食べていた。佐藤は何かファッション雑誌を見ていた。俺は、ただコーラを飲んでいた。窓の外では、大阪の夜が静かに更けるふけるようとしていた。電車の音、人々の声、自動販売機じどうはんばいき蛍光灯けいこうとう——すべてが融け合とけあって、この街特有の音風景おとふうけいを作っていた。「明日、帰りたくないな」と俺は言った。奴らも、黙ったまま、首をたてに振った。それだけで十分だった。